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訂正-MRJ

先日、MRJ は RNP AR approach が出来ないと書いたのは誤りでした。訂正します。ごめんなさい!

MRJ に は、(私も)日本の航空界のOBの一員として当然大きな期待をかけています。

調べるうちに、

・MRJ は Auto pilot systemは2系統装備される
・FMSはR & Collinsであり、Pro line 21 の計器表示System と組み合わされる

である事が解りました。ただ、Pro line 21と組み合わされるFMSはCRJ等に搭載されているFMSとは異なる型式(所謂、Business jet用)であるのが少し気がかりではあります。

RNP AR approacは、『(水平=Lateralと、垂直=Verticalの両Maneuverが組み合わされた進入方式であり、かつCurved approachが可能となります。代表例が熊本空港の東側(阿蘇山のふもと)からの曲線Baro-VNAV進入』です。

RNP AR approach は、FAAではSAAAR(Special Aircraft and Aircrew Authorization Required) と呼んでいましたが、ICAOの呼称であるRNP ARに変更されました。

つまり、RNP AR approachを行うには、航空機がRNP ARに適合することが求められています。

簡単に紹介すれば、RNP AR approach(RNP値0.3未満)に必要な航空機の要件は、

・2式のGNSS(GPS) sensor
・2式のFMS
・2式のAir Data System
・2式のAuto Pilot
・1式のIRU

となっています。

MRJはOptionを含んでこれらの機器は搭載されるので、規定された飛行性能(例えば、飛行時間の95%内で飛行誤差が0.3NMまたは未満を満足する等、FAA AC90-101A)を満足すれば機体要件としては運航可能となります。

ただ、Optionで機器を追加すれば当然機体取得費用は増加するのでOperatorがOption選択を行うか否かによりAR approachが ”出来る/出来ない” と言うことになります。

また、Aircrew authorization required なのでエアラインは、

『 航空機乗組員に対し RNP AR APCH 航行の初期訓練及び資格付与を行わなければならない。RNP AR APCH 航行の初期訓練において、操縦者が RNP AR APCH 航行を正確に理解し、実施できることを評価する

ための基準及び定期訓練において操縦者がRNP AR APCH 航行に係る知識及び技量維持の適切性を評価するための基準を設けなければならない。』とされています。

数年前までは、ILS等の精密進入が設定できなかった滑走路には非精密進入か目視進入しか出来ませんでしたが、近年、RNP ARは数多く導入が進んでいますが、航空機が追いついていません。

私の知る限りでRNP AR approachが実施可能は機体は現在B787とB737-800と理解しています。B777は?RNP ARはILSが設置できない滑走路への計器進入としても最も進んだ進入方式である=安全な進入が可能

となる=ので、MRJでもこの進入が一般的に可能となるよう期待しています。

MRJ は、2014年8月以来、1機も受注できない中、(初期投資の)赤字がドンドン膨らみ1,000億の資本も早晩増資が不可避(債務超過を避けるため)と言われています。トヨタも株主であるので安心はしていますが、初飛

行で大騒ぎするのも結構ですが、厳しい現実もキチンと報道して欲しいと思っています。

翔べ、若者よ!

今年は、将来のAirline pilotを目指す若人と訓練飛行を楽しく(学生は???)行いました。

最近、

『新興国の経済成長で海外渡航者が増えるなど、航空市場は大きく変化。航空需要拡大で、パイロット不足が世界的問題となった。航空業界の危機的状況を受け、国交省は2013年12月に「乗員政策等検討合同小委

員会」を設置した。大学教授などを中心とした有識者からは、航空会社の自社養成と、私大だけでなく国公立大学でもパイロットを養成すべきだという意見が出た。パイロットを増やすには育成機関を増やすことが最善の策と

なる。T大学工学部航空宇宙学科航空操縦学専攻のS教授は、「定員は50人だが、設立以来、満たしたことはない」と話す。欠員は航空操縦学専攻の喫緊の課題だ。

パイロットは人気の職業。航空操縦学専攻も毎年120人以上の応募があり、平均の倍率は約3倍だ。しかし、パイロットに求められる学力や資質などを勘案してふるいに掛けると、結果的に定員に満たない状態が続いてい

る。欠員の最も大きな要因は高額な学費だ。航空操縦学専攻は約1年半の米国留学も含め、4年間の学費が1600万円ほど掛かる。』

との記事を読みました。

有識者殿のご高説には辟易とします。航空大学校があるのに更に国公立大学で操縦課程の設立ですか?
こんな、アホらしい議論に税金が使われている事に怒りすら感じます。

4年生大学では既に5校(東海・法政・帝京・桜美林・崇城)が操縦課程を設けています。これらの大学の定員合計が何人になるかは調べていませんが、上記T大学の定員が50人ですから、『5校+航空大学校+数多くある

操縦専門学校・機関』を合わせれば既に十分でしょう(年間養成数は軽く200人を超える?)。

Pilot養成の最大の課題は、資格取得に掛かる費用であることは明白です。年間、約400万円の学費(に加えてバイトは物理的にできないので生活費が加わります)を出せる家庭はごく・ごく限られています。

かつて、私が担当した限定変更訓練の教え子の1人は、飛行機が飛ぶのを見てPilotになろうと決心し、自動車工場で働き生活費を最大限切り詰めて貯金し、海外で資格を取得しRegional airlineに入社し今はLCCの副操

縦士として活躍しています。

自動車工場での労働は大変厳しかったと言っていました。親からお金を出して貰う事だけでなく、ローンを活用してPilotになった若者も数多く居ます。極論すれば、Pilotになろうという熱意の有無だと思っています。

JALは奨学金制度を作りました。国も奨学金制度を検討しているということですが、Pilot養成のためだけの奨学金は税金の公平な使途としては疑問が出ると考えます。

勿論、(返済方法を含めて納得できる)国の奨学金制度が出来れば極めて喜ばしいと思っています。

私がPilotとしての第1歩を踏み出したのは海上自衛隊です。自衛隊Pilotを選んだ理由は、『親の世話にならず(小学生からの夢であった)Pilotになるには自衛隊しか選択肢がなかった』からです。

           若人達よ、夢を持とうよ!空高く翔んでみないか!

『南(みんなみ)の果て空高く、今日も試練の技学ぶ、わが子の姿思いつつ、遥かに祈る京の里にて』

(多分、下手な歌なのでしょう。鹿児島県鹿屋基地で中級課程の飛行学生であった私の22歳の誕生日に亡き母が葉書に毛筆でしたため送ってくれました。私の宝として胸の中から消えることはありません。自衛隊の厳しい訓練に挫けそうになった時にはこの歌を思い出して頑張ったな~!)

MRJ

先日、MRJが日本中の期待を背負って初飛行に成功しました。三菱が作った飛行機が何の問題も無く飛べるのは当たり前の話で騒ぐ程のことはありません。しかし、マスコミが褒め上げる話題には苦言を呈したい。

曰く、MRJは新型のEngineを搭載し同じクラスのRegional Jetと比較すると燃費が20%良いとか云々です。それは、MRJ開発当初の話でしょ!それしか『売りが無い』なら最早優位性は無いに等しいのでは?と思います。

世界のRegional jetはマスコミ報道の通り、Bombardier社のCRJとEmbraer 社E-Jet(ERJ)と現在は2分されてはいます。

Bombardier社のCRJは-100/200, 700, 900, 1000があり乗客数は50, 70, 90, 100です。しかし、小さいとは言えJet機で50人乗りでは運航会社の採算が取れず生産の中心はCRJ-900となっています。日本でCRJ-100/200, 700が運航されているのは、CRJ保有会社が(Code-sharingを行っている)大手航空会社の不採算路線を(大手に)代わって運航しているという特殊な事情があります。
CRJは設計が極めて古く、No auto throttle, no auto brake、高カテゴリーやRNP AR運航が出来ない等 E-Jetには全く対抗できなくなり、現在のRegional jetのMarketはEmbraer社のほぼ独占状態になっています。

Bombardier社は、CRJに代えGeared Turbo Fan engine装備のCSeries(110-130席)を開発中ですが、この機体はRegional機より大きくB737やA320の領域と言えRegional機との競合にならないのではないでしょうか。

MRJが新型のGTF engineを搭載し燃費が優れていると宣伝するのを他社が指を加えて傍観しているほど甘くはなく、Embraerは現在『E-Jet-E2』の開発を行っています。E2はやはりGTF engineを搭載しているため、MRJ最大の売り物である優れた燃費と新素材による経済性はE2も概ね同じ程度と推測されます。

MRJはBombardier・Embraerと競合するのではなく、『E2との一騎打ち』となるでしょう。中国のARJやロシアのSukhoiは『特殊な市場』でしか売れないと思います。

現時点での注文数はMRJ約400機、E2が約325でMRJがややリードしていますが、開発が先行したMRJが多いのは当然で概ね同数と見るのが妥当だと思います。MRJを100機発注しているSky west社はE2もやはり100機発注しているのでMRJの将来の売れ行きを楽観視は出来ません。

また、既にRegional機としては確固たる地位を築いているEmbraer社には優位性があります。

三菱がYSの教訓を取り入れ『整備や部品供給のSupport体制をしっかり構築する』と記事には必ず書かれていますが当たり前の話であり、Supportは整備関係だけではありません。

Pilot訓練へのSupportも極めて大事です。LCC市場でA320がB737を凌駕しているのは機体購入費、運航費、整備費用等に加え乗員訓練も含めたトータルで経済的優位があるためとも言われています。

三菱航空機はPilot訓練をCAEと協力体制を築きます。

例えば、25機購入した運航会社はPilotが約200人程度(機長110、副操縦士90人位かな)必要になります。年間の訓練・審査の回数は、概ね機長が3回、副操縦士が2回ですから単純に計算すれば合計510回のSIM回数となります。航空機を100機単位で買うAirlinesは自前でSIMを購入するでしょうが、小さな会社は基本的には『どこかにあるSIMを借用する』ことになります。私が所属していたRegional airlinesでは、SIM訓練をモントリオール、メルボルン、チンタオ等を転々とし今はやっと羽田にFlight SafetyがSIMを設置しました。また、指定養成施設ではないため必要となる実機訓練は路線運航を運休し訓練にあてていました。これらの訓練費用は膨大な額に上ります。

Embraerは某社に機体を売り込んだとき、『買ってくれれば、Pilotの基幹要員の訓練を無償で実施する』と言ったとも言われています。

外国へMRJを売る場合、SIMを設置する場所や数、教官の育成等訓練Support体制の構築は簡単ではありませんが、出来なければ売れないと言うことでしょう。

MRJは初期の90人乗りの後、70人乗りを開発しますがJet機で70人はどうなんでしょうか?日本以外ではTurbo propの領域と考えます。

外観は、MRJのWingletよりE2のB787型の翼端 (Swept back wing tip) の方が私には近代的に見えます。(写真がUp loadできず済みません!)

時代遅れ

1000円/月の有料記事の宣伝か読者勧誘でしょう。下記の記事をWEB上で(勿論無料で)読みました。執筆者はかなり名の通った経済の専門家で数多くの著書があるようです。

その記事は、
『たとえ白紙撤回の動機が、安保関連法案を強行採決して急落した内閣支持率を取り戻すためであっても、とりあえずは安倍晋三首相の決断を評価したい。
 新国立競技場は、「戦艦大和」になるところだった。空母主体、機動力重視が世界の潮流だったのに、国の威信をかけ、造船技術の粋を集めて大和を建造。しかし、大鑑巨砲は過去の遺物となり、"見せ場"を作れないまま、「お国ために何かやらせろ」という無益な空気に流されて出撃、撃沈した。』

この程度の認識しか持たない執筆者の記事を1000円/月も出して読んでいる方々は本当にお気の毒としか言えません。

『空母主体、時代遅れの戦艦大和』 ですか!!!!! いつの時点の話でしょう。

『大和・武蔵』の就役時は、当時の英米が保有する戦艦を遥かに凌駕する世界最大(満載排水量7万3千トン)・最新鋭の戦艦でした。つまりゼロ戦とともに世界最先端の日本の技術の結晶でした。当時、英米が保有していた戦艦は満載排水量が概ね5万トン前後ですから、大和は群を抜いて巨大でした。
日本が降伏調印を行った『ミズーリ』は5万3千トン。『ミズーリ』が調印の場に選ばれたのは当時の大統領の出身州であったためです。

日本・米国間で戦争の危機が迫るとき、大英帝国がインド以東(インド、マレーシア、シンガポール、香港等の英植民地)防衛の切り札として派遣したのは、1941年1月19日に就役したばかりの(大英帝国の後継者、つまり英国皇太子の称号を戴く)最新鋭戦艦 『Prince of Wales(英国王名が冠せられたKing George 5世級戦艦の2番艦。満載排水量4万3千トン)』と航海途中で座礁した空母『Indomitable』でした。大英帝国東洋艦隊に『Prince of Wales』のような最新鋭戦艦が配備されたのは英国史上初めてであり、それだけイギリスの危機感が大きかったという証でしょう。

大東亜戦争劈頭1941年12月10日、マレー沖で戦艦『Prince of Wales』と僚艦の巡洋戦艦『Repulse』が日本海軍の一式陸攻による魚雷攻撃で”沈没”したとの報告を受けたイギリス宰相チャーチルは自室に戻り涙を流したと伝えられています。

戦艦は、大東亜戦争が始まるまで各国海軍の主力艦であり国力の象徴でもあり、戦艦の存在そのものが国の覇権を表していたと言っても決して過言ではありません。

それ故、1886年、清国はドイツで建艦された清国北洋艦隊旗艦の『定遠』と僚艦『鎮遠』を示威のため日本に派遣しています。若き日の東郷元帥は両艦の乗組員の士気の低さに安堵したと伝えられています。

1900年代初頭、英国は当時の常識を超える『Dreadnought』型戦艦を建造し他の戦艦を一挙に旧式艦に追いやりました。以降、Dreadnought型を『弩級戦艦』、それを越えるものを『超弩級(Super Dreadnought)戦艦』と呼びました。

第一次世界大戦を経て日・英・米は建艦競争に財政が追いつかずワシントン条約で各国の艦隊保有量が制限され(5 : 5 : 3)競争に一応終わりが訪れました。建造中の戦艦の廃止を求められたことにより日本は戦艦を空母へ転換し真珠湾攻撃の「加賀」等が建造されました。

大東亜戦争開始当時は、日・英・米・独各国とも海軍の主力は戦艦でした。『Prince of Wales』は東洋へ派遣される前、独戦艦『Bismarck』と戦い砲弾を受け戦場から退避しています。この時、僚艦『Hood』は『Bismarck』の放った砲弾を受け轟沈(瞬時に沈没)しました。

マレー沖海戦で英国の誇る2隻の戦艦・巡洋戦艦が航空機により一挙に葬り去られたことにより、海戦の主役は戦艦から空母に一夜にして変わり、世界最大の戦艦『大和・武蔵』を建造した日本が戦艦を「役立たずの時代遅れ」に追いやったのは歴史の皮肉でしょうか。山本五十六(当時)大将ですら、マレー沖開戦前、“『Prince of Wales』は(撃沈は出来ず)せいぜい大破だろう”と言っていた位です。

空母の有用性に直ちに着眼したのが、真珠湾が攻撃された後28人を飛び越し(少将から中将を超え大将に一挙に昇格)太平洋方面司令官(太平洋方面米海・陸軍の最高指揮官)に任ぜられたニミッツ提督です。

ニミッツ提督は、海軍士官候補生時代に遠洋航海で日本を訪れ、ある立食パーティ日本海海戦を完全勝利に導いた東郷元帥と歓談したことを生涯の誇りとし、『いつかは東郷元帥のように戦いたいと願った』と言われています。

日本が戦いに敗れ、国土や文化・精神が荒廃し、日本海海戦時東郷提督座乗の戦艦三笠はその身をキャバレーに貶められていました。この事を知ったニミッツ提督は、米海軍士官学校教授との共著『ニミッツの太平洋海戦史』の日本版印税を全額献金し『三笠』の窮状を救った1人であり、日本が失った誇りや名誉を極めて大切にしていた軍人でもあります。

閣議決定され『大東亜戦争』という名称を連合国が使用した『太平洋戦争(Pacific ocean theater)』と呼ばせたのはマッカーサーですが、自分達の言葉を忘れた(つまり文化を失った)日本人は、朴大統領に『歴史認識のない国』と言われても仕方ないか・・・!!!
  大東亜戦争:1945年(昭和20年)12月15日、SCAP(連合国最高司令官)は、日本政府に対
        する覚書を発し、『大東亜戦争』等の言葉の使用を公文書において禁止すること
        が指令された。

戦争中は軍神の母と持ち上げ、敗戦後は侮蔑の対象となり困窮を極め「せめて行男の墓を作りたい」との遺言を残し小学校用務員で亡くなられた関大尉の母上を排斥した人々とシールズのメンバーが何となく重なって見えるのは私の妄想でしょう。敗戦後の日本人は、国家のために戦った人のお墓さえ作らせなかったのです。

『お国ために何かやらせろという無益な空気に流されて出撃、撃沈した』とも某経済評論家は書いていますが全く頂けませんな。

大和を旗艦とする第2艦隊に沖縄への出撃命令が発令された時、第2艦隊司令長官伊藤整一中将は(作戦に)強く反対しています。当然、軍令部と艦隊司令部の間には多くのやり取りがあり、最後には『1億総特攻の魁となってくれ』との説得に提督はそれ以上意見を言わず黙って従ったと言われています。航空護衛のない大和は米軍機の猛攻撃により沈没しますが、伊藤提督は艦長有賀幸作(当時大佐、後に中将)に『総員退艦』を命じて自らは長官室へ消えて行き、艦長も大和と運命を共にしました。

戦艦を動かす燃料も無いまま敗戦となり、『大和』が米軍に接収されていたら、今頃は米国の何れかの都市で「さらし者」になっていたのでしょうか?

大和は3千名の乗組員の命とともに自らの名誉を海底に沈めたといえば誹りを招くのでしょう。展示品のような無残な大和の姿がもしあれば、『宇宙戦艦ヤマト』は生まれていなかったと思います。世界の海軍で、三大海軍兵学校とは『江田島、アナポリス、ダートマス』と言われた誇りを大和は最後まで守り抜いたと思っています。

最後に、『撃沈とは、(敵の艦船を攻撃し)沈没させること』であり、『大和は沈没した』。せいぜい『撃沈された』と書くべきでしょう。この言葉は、戦後で誤用されることが多いようです。

(軍艦は大きさにより、駆逐艦(Destroyer)→巡洋艦(Cruiser)→戦艦(Battleship)と大きく分けられます。大きさ(重量)で言えば空母は戦艦と同程度の大きさとなります。日本は軍隊がないので護衛艦と呼んでいますが、護衛艦も駆逐艦クラスから軽空母クラス(24DDH)まであり、『いずも』をヘリ搭載護衛艦と呼ぶかヘリ空母と呼ぶかは『お国の事情』でしょう。

Old fogy (元2等海尉)

10月

10月は、とても充実した1ヶ月でした。

電子研B350 King air に乗るため、1日から月中まで仙台に3回出張しました。Cessna 172とKing airを比較する方がおかしいかもしれませんがKing airの高性能を楽しんできました。

King airのEngineFree power turbineなのでEngine start時、N1は直ぐにあがるのですが、N2はヨッコラショという感じで徐々に回転が上がってきます。50年前に乗っていたHSS-2(海自では"Dash two" と呼んでいました)もFree power tubine engineでとても懐かしく感じます。

18日は観艦式。ナント友人(操縦学生同期)から乗艦券を頂きました!

19日から月末までは航空局操縦士の技量維持訓練を担当し『極めて重要な任務』のお二人と関東平野の飛行と数十回の離着陸訓練をこれもまた楽しみました。

大宮北方の訓練空域(関東甲信越)KK4-1から8と竜ヶ崎飛行場で訓練を行いますが、飛行経路は「調布-訓練空域-竜ヶ崎-調布」です。訓練空域東端のKK4-7で訓練していると圏央道の整備が進み「つくば」方面での工事が手に取るように見ることが出来ます。あと少しで成田で全線繋がりますね!

竜ヶ崎からの帰路は、都心上空をなるべく避けるため、竜ヶ崎から佐貫を経由し下総の北約10NM辺りを通過し大宮の南から大泉インターを経由し朝霞駐屯地東から調布へ帰ります。

Runway 35への着陸になると井の頭公園から南に向かい中央高速を通過しBase legに入りFinalとなりますが、住宅やビル群が本当に近くここでEngineが止まったら「アソコに降りよう」と不時着地ばかり考えて飛んでいます。単発機は市街地上空では本当に大変です。

ロシアのA321が墜落しました。Flight radarの記録を見ると減速が異常です。この極端な減速はA321が『飛べなくなった』状態で墜落したとしか考えられません。

勇気

私は、大昔、ほんの少しRugbyをかじっただけですが、以来、長年のRugbyファンです。

第8回Rugby world cupの日本の第1戦は南アフリカでした。ニュース報道で大々的に取り上げられているので日本がW杯で「どの辺りのPositionか?」を今さら書くつもりはありません。

私は、初戦当日、夕食後7時に床につき、夜中の零時に目覚ましをあわせNHKにかじりつきまし。ジョーンズHC(Head coach→監督とは言いません)が就任以来Japan!は鍛えに鍛えられているという認識はあったのですが『何処まで食い下がれるか?』の期待でTVを観ていました。

Japanの特筆すべきプレイはタックルでした。試合後のインタビューである選手が『突き刺さって、転がって、起き上がって、走っただけの80分でした』と言っていましたがJapan全員が見事なタックルを終始見せてくれました。100Kg前後の選手が全力で走っているところにタックルをするのはとても勇気がいるプレイです。

体格で劣る日本選手は南アの選手に2人掛りでタックルを繰り返し、相手の気持ちを萎えさせ・疲労させたのだと思います。2人掛かりのタックルということは、タックル後には瞬時に自分のPositionに帰らなければなりません。どれ位体力がいるのか想像もつきません。

試合の後半には観衆から『Japan!』Callが巻き起こりましたが、観衆を見方に引き入れたのは彼らの『勇気』に感動したからに違いありません。

80分の制限時間を越えてのプレイ続行中に奇跡としか言えない逆転Tryを上げましたがJapanの選手達は『勝つ』と信じて試合に臨んでいたようです。練習のほうがキツかったとも言っていました。

もう何十年も前、日本1を決める試合で神戸製鋼のウイリアムズ選手がLine沿いに殆ど90m近い独走で逆転Tryを上げたのを思い出しました。

Rugbyは番狂わせの無い競技と言われ、Japanの選手以外日本が勝つと思っていた人は殆ど居なかったでしょう。W杯最大の番狂わせと言われる所以です。

次は23日の対Scotland戦ですが、Japanの勇気をまた見せてください。

試合結果は、その勇気によるものと思っています。勝てば良し。例え勝てなくとも南ア戦のような勇気を見せてくれれば大満足です。TV観戦し(試合終了後寝てしまえば起きられないので)そのまま寝ないで会社に行こうと考えています。Flightはありません!!!

Engine runup

9月某日は、私が担当した学生の事業用操縦士実地試験でした。

航空法第73条の2の「機長の出発前の確認(気象、航空情報、W/B、Performance等)」、口述試験を終了しShip sideへ行き、Exterior check, Starting engine を終え、Company と Contact し Flight plan を確認。Chohu Fight ServiceからDeparture informationを貰い、所定のRunup checkの場所へ移動しました。

Magneto checkでLeftにMagnetoを切り替えたところDropが250rpmあり振動も発生しました。Max dropは175 rpmですから、明らかに制限値を超えています。Right magnetoは正常でした。

この現象は、業界用語でいう(多分)『被っている』と思われました。つまり、Engineを一定時間以上を低回転で作動させるとSpark plugに煤(すす)がついてEngine回転が正常でなくなります。通常はやや高回転で『焼いてやれば』(煤を燃やしてしまう)正常に戻ります。

学生は『焼くことなく』Rampに引き返しました。整備士達は通常ならEngineを『焼いて』様子を見るところですが、CAB実地試験ということで直ちに代替の飛行機を用意しその機の燃料は満タンなので要求通りの量に(余分な燃料を抜いて=De-gas)極めて迅速に調整して下さいました。

調布飛行場は、現在、17時以降の離着陸は出来ない(工事のため)のですが、実地試験はRJTF-RJSF-RJTFで行われ、復路の調布着陸は16:48でした。

調布離陸が後15分遅くなれば当日の実地試験は(着陸時間の関係で多分)中止となっていたはずで試験の再設定になっていました。

最初の機体は整備士の点検の結果やはり煤がたまっていて、剥がれた「すす」が運悪く?Spark plugのある部部に挟まってしまい当該Spar plugが正常に作動していませんでした。処置としてはPlugの清掃で終了です。

学生にとり、事業用操縦士を取得することはProfessional pilotとしての第一歩であり無事に終了したことは喜ばしい限りです。しかし、飛行を支えてくれる人達がいての結果であるということを決して忘れて欲しくありません。

心が痛みます

9月11日は、私の担当する学生の事業用操縦士実地試験でした。

Navigation courseは、往路がRJTF-横浜-城ヶ島-大島空港、 復路が大島-勝浦灯台-佐貫-大宮-RJTFで、私は立会いの教官として同乗しました。

勝浦を過ぎ、佐貫の約20NM南位から、あちらこちらの田んぼが水没して茶色の景色が多くなってきました。

佐貫から大宮へかけての飛行は常総市の南方を通過しますが、コースの北側に濁流に飲み込まれ茶色に変色した区域が南北10NM、東西に最大数マイル位の広さで良く見えました。試験かも思わず『教官、酷いね』と思わず声を出されたほどです。

多くの方が被災され、また、行方不明や亡くなられた方もいらっしゃいます。TCASには数多くのターゲットが移っていましたが、恐らく、その多くは被災者救助のためのヘリコプターでしょう。

災害はいつが良いと言うことはありませんが、せめて後1~2週間遅ければ多くの田の刈り入れも終わっていたのではないでしょうか。茨城県産の米は良く購入しています。

何をすることも出来ずただ傍観していました。せめて、夜のBeerを節約し義捐金にしましょう!

最終日-竜ヶ崎

8月12日以来の竜ヶ崎飛行場での訓練でしたが今日(31日)が最終日です。

学生が飛行場到着後天候解析に取り掛かりましたが、停滞(秋雨)前線が本州南岸にあり、北と南の高気圧のため前線は文字通り『停滞』し、成田・下総・羽田等関東周辺の空港はLow ceiling & low visibilityが観測されていました。

竜ヶ崎飛行場のBase legは概ね300ft位の雲高で手も足も出ず・・・・・!12時で本日の飛行訓練はキャンセルとし竜ヶ崎での移動訓練は終了しました。

計画した実地試験は1名が完了、1名が半分(NAV)を残し、他の1名はキャンセルとなり散々な結果に終わりました。

明日から、調布飛行場での訓練を再開します。安全には万全の準備をし訓練に臨みます。年齢による疲れと強行軍の疲れを考え、お休みなさい at 1925!!!!!

明日は0415起床で調布へ出勤です!



竜ヶ崎での飛行訓練

調布での事故以来、伊豆諸島への定期便以外の離発着ができないため調布を脱出し、竜ヶ崎での訓練を開始しました。

今までの訓練に使用していたCessna 172Sは完全なハイテク機ですが調布から離陸できないため(持ち出せない)、偶然、竜ヶ崎に置いてあったCessna 172P型機での訓練となりました。P型機は『完全なローテク』機です。私が50年前に訓練で乗ったT34よりも装備は旧いかもしれません。

そのため、受け持っている学生にP型機に慣れるためFamiliarization flightを行いました。彼らにとっては始めての経験でDG(Directional Gyro)の使用方法から慣れなければなりません。Mag compassも『水平直線飛行時でないと正しい方向を示さない』から始めました。全ての計器が丸型で驚くよりは笑ってしまったのではないでしょうか。

当然、機のPitch指示もAHRS(簡単に言えば、Lazor gyroを利用した姿勢指示器でBusiness jetの多くが使用しています)と比較すると格段に性能が落ちることも最初の慣熟飛行で理解できたようです。

でも、直ぐに慣れたので一安心です。2日目のNavigationは天候不良のためCancelとなりガッカリです。また明日の日曜に竜ヶ崎に学生と共に移動し月曜からの訓練に備えます!

頑張ろう、未来の機長たち!

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